「光永勇氏と夢を語る会」開催  (沖縄進出・開業コンサルタント)
昨日の11月26日(月)19時 仙台市青葉区にある宮城県民会館404号室において「全国勝手連連合会会長の光永勇氏」をお招きし、内輪だけの交流会(勉強会)を開催した。
 昼間は小沢一郎氏の事務所で打ち合わせをしていた光永氏であったが、お忙しい中を夕方の新幹線で来仙(日帰り)してくださった。

 今回はここに集う8名(光永勇氏・秘書の黒沢瑤子氏・事務局の水野哲也氏を含むと11名)が、お互いの将来像や実現したい夢を発表しその夢を現実のものにしようよ!
そんな主旨目的で開催した。

 思い起こせば、光永会長に会うのは四ヶ月ぶりであった。
 本年7月12日に第21回参議院議員選挙は公示され29日に投票された。
そして民主党の圧倒的な勝利に終わり、安倍政権はここに幕を閉じた。
 私は第21回参議院議員選挙公示前日の一番慌しい日の11日に東京にいた。
 実は東京都中野区のブロードウェイ903号室で光永会長と友人のY氏そして私の3人は3時間もの間、立候補するかどうかについて最後の調整をしていたのだった。
 公示の前日だなんてそれでは準備が遅すぎると誰もがそう思う。
しかし総務庁の地下で選挙管理委員会から説明を受け、30センチにも及ぶ分厚い資料はすでに準備してあった。
 また、どの政党から立候補するかの根回しも終わっていた。
 仙台では放送局の記者会見が準備されていると携帯に電話が入った。
しかし最後の最後、帰りの東北新幹線の中で私は「今回は見送ろう!」
そう友人に話し説得した・・・。
 早いもので、もうそれから四ヶ月が経過し本日久しぶりに光永会長との再会の日を迎えたのであった。

 今日は交流をしながらの勉強会、各自がマイクを持って自分の実現する夢や構想を発表し合い、他人の話しに耳傾けながら自分の夢をクロスオーバーさせ自分自身で確信を掴む。
 そんな手法を光永氏は取りながら司会進行を務めてくださった。
三人目に順番が回って来た。

 私は常にバックの中に自分の夢を描いた構想図を持ち歩いている。
そしてその構想を見せながら皆に話した。
いや自分に言い聞かせたのであった。
 その構想図には「沖縄県政治経済振興協会」と書いてあり、本土と沖縄県のあらゆるビジネス&交流の橋渡しをする協会の設立と運営である。
(一般の方が関心ある移住生活はセグメント化した一部に入る)
 実はこのプランは1年前から準備をしており、鬼に笑われるかもしれないが、2008年に実現に向けての構想だった。
 詳しい内容は来年発表するとして・・・光永氏からは建設的なアドバイスをたくさん頂いた。
そしてマトメとしてこう言われた。
「小山さん、今の発表はちゃんとビデオに収録してあるからね、あとは実現あるのみだね・・・!」
私の夢はこれでまた一歩前進したのだった。

 話は変わるが、私が尊敬する方に「沖縄かりゆしグループ代表の平良朝敬社長」がいる。
その朝敬社長はこう言っている。
「想像から、創造は始まる」と・・・。
また全国勝手連連合会会長の光永勇氏は7月11日に、著書「勝つ極意」にこうサインしてくれた。
小山聡宏さんの夢実現応援団団長 全国勝手連連合会 光永勇 2007年7月11日

 私が尊敬している二人は共に沖縄県出身。
平良朝敬社長は沖縄本島中部にあるコザ市(現在の沖縄市)で生まれ那覇市在住 1954年生まれ。
沖縄本島最大のリゾートホテルチェーン 沖縄かりゆしホテルズのCEOとして、現在2008年6月開業予定の長期滞在型ラグジュアリー・リゾートホテル「スパリゾートエグゼス」を恩納村かりゆしの丘に建設中である。
 また光永勇会長は沖縄県宮古島の出身で東京都在住 1952年生まれ。
派閥に関係なく国会議員を230人も世に送り出した選挙の神様である。
ともに地元にいるよりも日本中いや毎月世界を駆け巡っている世界のウチナーンチュ(世界で活躍する沖縄人)である。

 二人に共通する点、それは「己が主体的」になり次の時代を力強く推進・創造している点であろう。
そして沖縄の言葉でいう「イチャリバチョーデー(縁があって出会う人は皆兄弟)」の実践者であり、「ユイマール(相互扶助の精神でお互い手を取り合い助け合う)」の精神に満ち溢れている。

そのパワーを二人から頂戴し今度は己のパワーとして夢の実現に向けて突き進むのが私の使命だと思った。
あらためてそう確信出来た貴重な2時間であった。

そして友人は最後に自分の夢を語った。
今度こそチャレンジすると・・・!

すべてはいつも ING・・・もう始まっている。
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沖縄での開業・独立のご相談はお任せ下さい。  (経営コンサルタント)
沖縄に行かれた経験がある方でしたら、一度は耳にしたことがある会話
「本土(内地)から来たのですねぇ?」
本土または内地から来たのですねと言われ、皆さんはどう感じていますか?
「本土」という言葉に、戸惑いちょっとテレるくらいの感覚でさっと聞き流してはいないですか?
「本土の方ですねぇ〜 東京ですか?」
初対面のときに必ずと言って良いほど「本土・内地からですね! 本土のどちらですか?」
と聞かれます。
いったいどうして?
なぜ沖縄では私たちを「本土(内地)の人」と言うのでしょうか?

その言葉の意味って、とても大事なことなのです。
そこを理解せずに沖縄への進出や出店・開業すると、開業後の前途は非常に難しくなります。

沖縄で大和人(ヤマトンチュ)相手に開業するなら、やり方次第ではまた話は違ってきます。
現に国際通りにある大型の沖縄居酒屋や石垣島の料亭、また離島の超高級リゾートホテル(一泊1人5万円から)は、本土からの観光客相手のビジネスです。
しかし皆さんが開業・独立したいビジネスのお客様は、大半は沖縄に住んでいる沖縄人(ウチナンチュ)の皆様です。

琉球には沖縄独特の風土と文化、そして現代にしっかり根付いている大切なヌチ(魂・命)や伝統・習慣があります。
私たちを出迎えてくれる「メンソーレ(沖縄本島)・オーリトーリ(八重山)」の挨拶と笑顔の奥には、どんなに時代が変わろうとも、変わることのできない大切なチム(こころ)があります。

「郷に入れば郷に従え」と申します。
しかし本土で地位や名声がある経営者の方や独立して成功している叩き上げのトップ・オーナー様ともなると、それが理屈では分かっているつもりでもイザ実行となるとなかなか頭の切り替えが難しいものです。
逆に沖縄では、いままではサラリーマンだったり会社経営とはまったく縁が無かったOLの方々が活躍しております。

沖縄では、本土のような人間関係やココロの繋がりを無視した行動指針・営業方針とは違い、沖縄のヌチやチムを素直に取り入れ、ちゅらイズム(外面だけの取り繕った美しさだけではなく、内面のココロの美しさとのバランス)を実践している方が、男女問わず活き活きとその人生設計を謳歌している様に思います。

沖縄で仕事をするようになり、その沖訪回数も130回も超えている私でさえも、つい本土のつもりで仕事を考えがちに成る時があります。
しかし、ハッと気づき
「ここは本土いや内地ではないぞ!」
「沖縄に来たら、俺は大和人(ヤマトンチュ)じゃない! ウチナンチュ(沖縄人)にならないと!」
そう言い聞かせるようにしています。

私のこの話を読んでいて
「それではコンサルタントとして失格だ! 沖縄だって日本だから考え方は同じだ! 自分が合わせるのではなく相手を合わせさせるのだ!」
そう思う方が多いと察します。
私の方がそう思う側の人から見たら、逆におかしいかも知れませんね。
普通のコンサルタントは、御堅い事とありきたりの事しか言いませんから・・・。
でも、そう思うあなたのペースじゃ、沖縄でのビジネスは成功しないのです
これが結論なのです。

年間2万人の方々が、この沖縄にあこがれて移住してきます。
そして同じく年間2万人の方々が、あこがれていた沖縄から本土に帰っていきます。
でもその方々は沖縄が好きになり憧れて移住して来た「大和の島人(しまんちゅ)」なのです。
私はとても残念です。

「事業性が良くて、市場性があり、計画もしっかりして、資金も十分あるから、この事業が沖縄で成功しない訳がない!」
皆様はそう思うかも知れません。
当然ながら、自分が開業・独立するビジネスは自分が一番惚れていないとイケないものです。
でもこれだけでは成功しないのが沖縄での開業・独立です。

「メンソーレ(ようこそ)沖縄!」
沖縄はそう言って皆様をお迎えしています。
ここは愛の島 オキナワ 「ゆいまーる」の島です。
「ゆいまーる」
つまり、開業する皆様にウチナンチュとの人脈がないと、何事も根付かないまませっかくの事業が中途で挫折してしまいます。
ヤマトンチュの私が言うのもおかしいかも知れませんが、ウチナンチュの人脈と協力そしてあらゆる面での相互理解・扶助があってこそ沖縄での開業・独立が成功すると言っても過言でないと思っています。

沖縄に甘い夢を見すぎている方が多いような気がします。
「沖縄から呼ばれている」
ココロからそう感じる方にこそ、沖縄でぜひ成功してもらいたいと思いました。
このことを皆様にお伝えたかったのです。



ちなみに私の住まいは仙台です。
じゃあどうして沖縄での開業・独立のコンサルタントなの?
そう思うかも知れません。
自分でも笑ってしまいますが、実は仙台に着替えを取りに全国あちこちから仙台に帰っているような感じです。
沖縄から本土に帰る時に、私をご支援・指導して下さっている沢山のウチナンチュ(政界・財界・医療・経営者・文化人・琉球伝統芸能伝承者・教育者等々)の皆様から必ずこう言われます。

「小山さん、気をつけて行ってらっしゃいね!」
「いつ帰ってくるの・・・?」

こんな私ですが沖縄での開業・独立・ご相談はお任せ下さい。
どんな些細なことでも結構です、私の出来る事でしたら喜んでお手伝いさせていただきます。
お気軽にお問い合わせください。
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命がけの 「タイ(バンコク)旅行 サバ〜イ サバ〜イ マイサバ〜イ」 
先月の9月6日 JL703便 成田空港発でタイ・バンコク(SUVARNABHUMI空港)に行ってきた。

今回の目的は、日本国内でコンサルしているリラクぜーション施設に、本場のタイスパ(タイ式トラディショナルマッサージ&アロマエステ)を導入&全国展開するためであった。

それにしてもこの道路の渋滞は相変わらずだ。
首都高いや六本木? はたまた那覇もまったく比べ物にならないほどの渋滞だ。

ホテル到着は深夜にもかかわらず、それでも翌朝からあちこちと仕事(タイスパ巡り)に励むサバ〜イな私。

お昼から屋台でビールを飲んでいると、
「タクシン?」
とウエイトレスに言われ、一瞬周囲のタイ人が一斉に視線を送ってきた@@;

「似ていないと思うけど!」
と、私をタイに連れて行ってくれたタイ式マッサージ&スクール経営の社長に言うと、
「似てる! 似てる! タクシンそっくりだ」
そういってY氏は笑っているではないか。

その夜、ホテルの戻って髪型を七三にしてみてビックリ(@_@;)

自分でも驚くほどのタクシンだった。


それにしても本場のタイ料理はいつ食べても安くて美味い!

おかげで「タイ在中(笑)」4キロも太ってしまった。

バンコクでは、
タイ保健省認定タイ古式マッサージスクール タイ・ゴールドフィンガーインターナショナル<< タイ保健省タイ伝統医学協会連合認定校>>The Union of Thai Traditional Medicine Society で、これから世界に向けて発表される予定の耳○○ヒーリングエステを日本人で初めて経験させてもらった。
(耳ツボダイエットではないですよ!)

なんということだろうか。
あっという間に一週間が過ぎてしまった。

タイの楽しさは知っての通り。
当然ながら段々と日本に帰りたくなくなる。

タイにSTAY中は「サバ〜イ サバ〜イ」

でも帰るときは、さみしさで「マイサバ〜イ」

そろそろSUVARNABHUMI空港に向かわねば(T_T)

JL704便の機体の中には、ぐっすり寝いっているタクシンがいた。

また行きタ〜イ♪



バンコクに着いた日は、シーロムのマンダリンホテルで火災発生。
なんと帰りはプーケットで、滑走路が雨のために着陸した飛行機がオーバーランで山に激突・炎上大破!
一歩間違えたら命がけのタイ・バンコク旅行だったようだ♪


タクシン→イギリスに現在亡命中のタイの元首相
サバ〜イ→元気 または気持ちいい 
マイサバイ→サバイの逆
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沖縄嘉手納基地のレストラン 「Jack’s Place」は、私に何を!
最近ブログをまったくサボっていたら、山形県酒田市のK氏から、
「小山さん、ぜんぜんブログを更新していないですね!」
とのお叱りを頂き、
「ブログを書いたら日頃の行動がバレちゃうではないか!」
と反論したものの、
「それでは何のためのブログなのか意味がない。」
と反省し、かなり前にさかのぼりながら、いろいろ綴ってみようと思いました。
なので、皆様よろしくお願いいたします。



日時はいつだったかなぁ〜?

実は沖縄の「嘉手納基地内」に侵入して来ました。

今回のお目当ての場所は、知る人ぞ知る 嘉手納基地 エアフォース内 BEST OFFICERS' CLUB IN THE AIRFORCE「Jack's Place」です。

沖縄Yナンバーの先導車のあとに続き、黒塗りのリムジンは58号線の北谷 第一ゲート入口駐車場に到着。
その後 18th Security Forces Visito Control Center で厳重なるチェックをおこない「KAB Gー1」を無事通過しました。

ゲートには強面の米兵が5人(1人女性)が機関銃を抱えており、一瞬緊張したが、「VEHICLE PASS」を見ると「OK」のGOサイン。

基地内を車で走ると @@; オォ〜なんと広大な敷地なのだろうか?
静でゆったりした時間が流れているではないか。

沖縄は今回で122回目の私だが、ここはまるで沖縄、いや日本ではないような錯覚を覚えさせる。
「日本とアメリカ」 「沖縄とアメリカ」 いやそれ以上に 「沖縄と本土」との関係が痛いほど分かるからこそ、複雑な気持ちがこの胸を包み込む・・・。

さあ今回のお目当ては クリントン大統領が沖縄サミットに出席した時、沖縄での秘密の隠れ家的存在だった「Jack's Place」3Fの迎賓室を貸し切っての晩餐会。

「Jack's Place」のManegerである Sadamu Jack Oshiro氏のエスコートで、特別室(迎賓室)に案内された。

3Fの特別室や隣のガーデンテラスからは、東シナ海に沈む沖縄独特の夕日のパワーが、北谷美浜の街影を鮮やかに浮かび上がらせ、遠くに見える「鉄格子」が、ココはどこかをあらためて思い知らしめているようであった。

「さぁ乾杯をしましょう♪」

今回の晩餐会をしてくださったのは、自称私の沖縄の母であり、またある意味私のオナリ神でもある、かりゆしグループ 創業者の平良スミ子さん。「平良様、いつも大変ありがとうございます。」
また、メンバーはいつも毎回お世話になっている、
国立劇場おきなわ運営財団の大城學先生 
国指定重要無形文化財「組踊」保持者 瀬底正憲先生
首里で病院を経営している金城孝次サイコセラピーオフィスの金城孝次先生。

平良スミ子さんの御厚意にすっかり甘えながら、五人でクリントンフルコース(笑)とワインで、琉球談義に華をさかせる。

そのときであった。

アメリカ軍の巨大な航空機や貨物機の姿、そして戦闘機の爆音が我々の会話に割って入った。

その音にフォークとナイフをテーブルに置き、3Fガーデンテラスから夕日に染まった沖縄の海を見ている私がそこにあった。



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日本岩盤温浴協会の設立
熱苦しいサウナが大に苦手の私でも抵抗なく楽しめる岩盤浴。
しかし、全国に広まった昨年9月の週刊誌騒ぎ。しかもなにも根拠がない報道に、岩盤浴業界に激震! そして岩盤浴ファンはびっくり仰天!
岩盤浴に行ったことがない人まで、「岩盤浴は不衛生」と、言い出す始末。大変困ったことに・・・(T_T;
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